
関門海峡は、日本海と瀬戸内海という性質の異なる海をつなぐ、細長い海の道だ。
潮の流れが速く、天候の影響も受けやすい、昔から船にとっては難所とされてきた場所でもある。
それでも、この海峡は水深が深く、大きな船が航行できた。
日本各地と大陸、そして世界を行き来するためには、ここを通るしかなかった。
飛行機のない時代、世界を目指した人たちにとって、
関門海峡は避けて通れない通過点だったのだと思う。
旅のきっかけは、たった一言だった
「関門海峡、見てみたら?」
友人のその言葉を聞いた瞬間、頭の中でいろいろな映像が走り出した。
飛行機のない時代、ここは世界を見たい人が通った国際港。
海の向こうに夢をはせた人たちが、確かに立っていた場所だ。
自分が思い浮かべたのは、少し渋めで
日清戦争の講和条約が結ばれた下関。
李鴻章が歩いた道。
壇ノ浦の戦い。
朝鮮通信使が上陸した港。
そこへ追い打ちをかけるように友人が言う。
「巌流島もあるよ」
……え、宮本武蔵?
あの人までここに来てたの?
完全にレキヲタ心に火がついた。
想像以上に“てんこもり”だった下関の歴史
実際に調べてみると、下関は想像以上だった。
安徳天皇を祀る赤間神宮。
耳なし芳一。
平家一門の墓。
日本史の教科書と説話が、狭いエリアにぎゅっと詰まっている。
さらに、現在でも韓国へ向かう船が出ていて、
パスポートが必要な「国際港」であることに、妙に納得する。
ここは、昔も今も
「海を越える人」が集まる場所なのだ。
1日目・門司港へ
旅の初日は門司港から。


レトロな門司港駅の撮影を楽しんで、ホテルに荷物を置いて船で対岸へ。たった10分で九州から山口県へ。本当は巌流島もいけるかな、と思っていたけれどこの日は残念ながら時間が足りない。
かわりに日清戦争の終結。下関条約締結の場所。春帆楼の一角にある。無料で公開されていてありがたい。



安徳天皇を祀る赤間神宮。もう正月の準備。
耳なし芳一。
平家一門の墓。この海にみんな沈んでいったんだ。




近くに大連神社がある。日本が支配した満州にあった神社がこの地に移動している。



朝鮮通信使のみなさんが唐戸側(山口県側)にやってきてみた風景(きっと)


朝鮮通信使が来た場所もある。この海こそが世界への出入り口だったんだ。
夕方になってきたので、もう一度船に乗って門司港へ帰る。





それでも、門司港駅周辺のレトロ建築は
外から眺めるだけでも十分に雰囲気がある。
レンガ、石造り、どこか異国の空気。
港町らしい、少し湿った風。
予定変更も、悪くない
この日は無理をせず、
門司港のホテルラウンジで過ごすことにした。
気づけば、3時間。
コーヒーを飲みながら、(スパークリングワインもある)窓の外の港を眺める。
移動ばかりの旅じゃなく、
「何もしない時間」を楽しむのも、旅の醍醐味だと思う。
明日は再び下関へ。おいしい魚を食べに行こう。
唐戸市場、巌流島、海峡の向こう側。



なぜかこの旅は、
「どこかを越える」「流れに乗せられる」感覚がずっとあった。
その理由を言葉にするのは、もう少し先になりそうだ。
次回予告
寒さに震える唐戸市場の朝。
そして、まさかのトラブル発生――。

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